道徳の授業について(依頼)

思春期真っ只中のこの時期の生徒は、
日々の生活の中で様々な困難にぶつかると、
時として自暴自棄になり、安易に「死にたい」と口にすることがあります。
また、友達とトラブルになると「死ね」や「殺す」など
生命に関わる恐ろしい言葉を軽く口に出したりします。
そこで、命の重みについて考える授業を
今後も引き続き行って行きたいと考えております。
そこで、生徒の心により深く命の重みが刻み込まれるよう、
保護者の皆様のお力をお借りしたく、
お子様宛ての手紙のご協力をお願いしたいと思います。
お子様が生まれた時の気持ちや、
命名にまつわるエピソード、名前に込められたご家族の願い、
頑張ってほしいことや、どんな人に育ってほしいかなどの話を通して
「どんなことがあろうともあなたを支えているよ」というような
日頃の会話ではなかなか言えないようなひと言を、
この機会に文章にして伝えていただければ幸いです。



こんな内容の連絡プリントと、一枚の紙が封筒に入って手元に届きました。
最近学校を休みがちで揺れ動く思春期真っ最中の琴子に、どう表現したらわかってくれるのか、
朝からずっと考えながら、夜になって、
そうだ!琴子の妊娠が判明したS63年11月から生まれる日まで書いていた
「第二子妊娠にあたって」というタイトルの日記の中から
抜粋したものをおくることにしました。最愛の娘に愛と感謝と願いをこめて編集しました。





琴子が生まれた時の気持ち、命名にまつわるエピソード、名前にこめられた思いなど


生まれる前から女の子って聞いてて、
7日の七夕様に生まれたら、名前は
[織姫]にしよう。
と思ってた。(笑)
 残念ながら私以外の人は、
みんな大反対で大ブーイング!(ーーメ))  
 しょうがない。 (´。`)  
織姫星の琴座の一等星ヴェガから♪♪琴子♪♪
夏の女王様のヴェガ!
夏の夜空で、誰よりも明るく光り輝いているヴェガのように
いつも、いつまでもキラキラしててほしいな。(*^-^*)




これからの世の中を生きていく琴子へのメッセージ

妊娠が判明した日から、生まれる日まで
「第二子妊娠にあたって」という題で書いていた日記の中から抜粋したものを編集しました。

琴ちゃんは、とっても強い子です。とっても良い子です。
貴方なら、変動する世の中にもうまく順応し、
賢く、自分らしく、生きていけると信じています。
幸せは、自分自身で創り出すものです。
日々、一番ステキな琴子を生きて
日々、より素晴らしい琴子に成長して
幸せを実感できるように心からお祈りしています。
最愛の琴子へ
愛と感謝と願いをこめて







 
                 
昭和6311月、第二子妊娠判明。

1121() 入院
今回も切迫流産です。入院するなり、注射!腕にドデカいやつと、おしりに二つ・・・
夜また、おしりに一つ。移動は、車椅子。

11月25日()
本格的に雪が降って、屋根の上が白くなってます。

1129()
あ〜気持ち悪い。つわりが最悪。

122()
超音波で赤ちゃんを見ました。
ゾウリムシみたい形で、小さな小さな心臓は、
結構早いリズムで確実にトクトクしてました。

ヒッヒッいよいよ明日は退院。嬉しいです。

1218() 再入院
出血して病院に行く。再入院。

1220()
Bスコープで赤ちゃんを見ました。顔、体がハッキリしてます。
先生が「これが手」と言ったけど、ちょっとわかんなかった。
お腹の中で動いてました。只今
12週。

平成元年119()
116日 友崎コト死去。
18
日お葬式でした。朝はとても寒く霜がバリバリでしたが、良い天気になり

みんな「良い天気で良かった」と口々に言ってました。
喪服(着物)を着ると少し出てきた下っ腹が目立ちました。

葬儀が終わり斎場に行く事になりました。
「昔から妊娠してる時は火葬場に行かんがだよ」と言われ、残ろうとすると、
昌夫さんが「行け」と言うのでマイクロバスに乗りました。

火葬場では、11人、花と線香を置いて最後のお別れをしました。
ばあちゃんの子供達は、誰も泣かないしなんだか人の死ってこんなものかと思いました。
自分のばぁちゃんだったら・・・と思うと何かこみあげてくるものがありました。
友崎のばあちゃんの一生ってどんなだったのかな?幸せだったのかな?と思いながら
お花達の中で一番可愛い色をしていたピンクの蘭を棺の上に置いた私です。
天国で幸せにね。

無くなる命、誕生を待つ命。生命の尊さを痛感する。
妊娠16週(5ヶ月)貴代美22歳、産まれて初めてのお葬式の日のこと。

28日(水)再再入院
又、入院です。 
土曜日から
6ヶ月というこの安定期に出血して・・・もうこれで三度目です。

29日(木)
今日は、昌夫さん来てくれるかなぁ?昌五郎は来るかな?なんだか頭がボーっとします。
それもそのはずです。血圧がとっても低いんです。出血も止まってません。
注射も
4本、貧血で最悪です。

31日(水)
昌五郎の9ヵ月健診で、心雑音の精密検査を受けるため市民病院へ。
お腹の調子が変だったので、かかりつけではないけど産婦人科で診てもらました。
大きい病院の超音波の機械はレベルが違うのか、お腹の赤ちゃんがしっかり見えて、
目、鼻、口、手、足、指、骨、全部がとっても鮮明に映ってました。
こちょこちょと動いてて感動で涙ウルウルになりました。

内診の結果、
「子宮口が随分開いているので入院して子宮口を結ぶ手術をしなきゃいけない。」
と言われる。貴代美の子宮、弱いんだろうな。

ごめんね、赤ちゃん、居心地悪くって。

311日(土)市民病院入院。4度目の入院。
お腹の赤ちゃんの写真をもらいました。赤ちゃんは2週間ほど小さいといわれました。
今度の赤ちゃん、小さいのかな?

312日(日)
今日はポカポカと良い天気。日曜だから誰も来てくれません。
さっき毛剃りをしました。手術のためです。今、チクチクしてます。変な気分。
手術終わって何日入院するのでしょう。早く帰りたいです。

誰かも言ってたけど、現代の医学の発達がなかったら赤ちゃん、助かってなかったかも。
せっかく授かった大切な命をちゃんと送り出して育ててあげなくてはね。

だんだん暗くなってくと、だんだん寂しくなってきます。
病院の夜ってほんとに長くて寂しいから・・・。

窓の外は、41号線がずーーーっと見えます。
41号線からちょっと入ったこの病院の正面には田んぼがけっこうあって
そこでキジらしき鳥が散歩してます。
PM520ポツポツとネオンが点き始めました。

赤ちゃん、元気に生まれてNICUじゃなくて、新生児室の方にねんねしてほしいです。
そしてママと一緒に一週間後に退院したいですね。

313日(月)
今日は手術の日です。

314日(火)
きのうの4時から手術でした。
簡単に考えていたのとは裏腹に立派な手術室、術後の痛みの不快感は
予想をはるかに越えるものです。

チッコの管が不愉快でたまりません。
おまけに陣痛みたいなのがやってきて、お腹はキュウキュウしてくるし・・・
点滴と管で身動きとれないし、お腹はデカいし、泣きたい気分。
点滴が終わらないんです・・・

エンピツの芯のような針が刺さった左手が痛いんです。
点滴と管から解放されたら立ちって背伸びしたい。

315日(水)
PM230点滴が、三日ぶりに外されてすんごく良い気持ちです。
自由の身というか、1人で歩けて自分の意志でどこへでも行けるってことは、
とても幸せなことなんですね。


5月15日(月)
現在妊娠9ヵ月。
去年の今日は、陣痛が始まったんだよね。
明日は、昌五郎の
1歳のお誕生日です。

早いものです。もう一年なんて・・・。
紫色で生まれて三週間も保育器に入ってた昌五郎も標準より大きく元気に成長しました。
子供の健やかな成長を嬉しく、ありがたく、ほほえましく思うこの気持ちが
母親の喜びというものなんでしょうね。

お腹の赤ちゃんとっても元気に動きます。
昌五郎がお腹にいた時よりよく動きます。
先生は、たぶん女の子と言っています。
標準より少し小さめとも言われてるし・・・小さくても元気なら何よりです。
昌五郎みたいに
NICUにいかないで母子伴に一週間で退院したいですね。
あと
1ヶ月くらいで会えるかしら?もう少し一緒にいよね。

61日(木)
今日はとても暑い日でした。
お腹は最近、急に大きくなりました。小さめと言われていた赤ちゃんも

標準ということで生まれてくるときは未熟児じゃないと思います。
もうお腹が重くても腰が痛くて重くて・・・
フーフー言いながら働いてます。
お腹にも赤い妊娠線がビリビリに入ってしまいました。ショック・・・。

明後日から10ヶ月です。
先生に何度聞いても女の子と言うし、どんな顔かな?何gかな?

赤ちゃん、もう少し!一緒に頑張ろう!!

619日(月)
最近あんまり動いてなかったから今日は、大和にショッピングに行ってきました。
1人で出かけて危ない気もしたけど。
何度聞いても女の子と言われるので、ピンクのおくるみを買いました。

78日(月)快晴
お客さんが1時までいました。
5時過ぎ、お腹が痛くて目が覚めました。トイレに行き、布団に戻りました。
時計を見ながら陣痛の感覚を計りました。約
10分。
昌夫さんはク〜ク〜と寝息を立てて気持ち良さそうに眠ってました。

6時すぎ、病院に行きたくなる痛みがきたので昌夫さんを起こす。
着替えをすますと、昌五郎にお別れのチュをして車に乗りました。
車の中ではもう
56分おきで痛みがきていました。
昌夫さんはソワソワしている様子。

病院に着き診察を受けると、半分開いているということでした。
痛みがやってくると、昌夫さんがさすってくれて、とっても心強くて気もやすまりました。

お腹が痛むなかで、
「こんなにさすったら今日は腕がダルくてお寿司握る時に手が痛いんだろうな」と思ってた貴代美です。
分娩室に移動する前に、
「長い間、大事にしてくれて本当にありがとう。」と言いました。

910分娩室までわずかの距離を車椅子で移動。
920全開」と帽子に一本線の主任看護婦さんが言いました。
別の看護婦さんがカルテに書き込んでる様子。
何回くらいいきんだかな〜 結構長い時間に感じられたけど、
生まれたのが
38分だからそんなに経ってないね。

赤ちゃんが出てくる。

先生が鼻に詰まったものを吸い出してる音。
そして 産声
へその緒を処理しているハサミの音などが聞こえてきた時には感動で涙ポロポロ。
病院に着いてたったの2時間で生まれた赤ちゃん。とっても親孝行です。

ママは1230に分娩室から病室に移って来てご飯を食べてウソのように元気です。
何ヶ月ぶりかの、うつ伏せでこの日記を書いてます。

平成元年78日(土)晴  
AM938  3118g

五体満足な、頭の小さい、手足のスッと長い女の子を無事出産しました。